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寄付という形をとることについて

私たちは普段、ボランティアやこういったチャリティ活動を行なっているものではありません。よって、その崇高で愛に満ちた精神は、尊敬こそすれ、今の自分が真に理解できるものではないと感じています。しかしそういったハンパな気持ちの人間が行う「善意」は、傲慢で独りよがりとなる可能性や、「人のため」と「自己満足」の境目の難しさ、そのつもりはなくとも結果的に「偽善」ともなり得る行為であることは、多少なりともわかっているつもりです。

むしろ、そこら辺の自分の気持ちに自信をもてないことが、そういった活動に手が出せない理由の1つにもなっています。

本来ならばお金の提供ではなく、直接的な奉仕活動に自分の時間と労力を捧げたいと思う気持ちこそが大切なのかもしれません。その覚悟ができない私に、チャリティを語る資格さえないのかもしれません。

しかし私は少しだけ、自分を甘やかして、こんな風に考えました。

……それぞれに、それぞれの役割があってもいいのではないか……。

多分崇高な奉仕活動に身を捧げている人々も、「捧げている」という意識ではなく、自らの喜びにおいて行なっているのではないだろうか。

奉仕とか、自己犠牲ではなく、自分の「欲」ではない己の「魂」の部分で喜びを感じ、感謝の気持ちさえ持っていられること、そのことが、まず大切なのではないか。

そして、その行為を行うことのあくまで結果として、自分以外の人の魂を震えさせたり、あるいは少しの助けになれたりしたら、それでいいのではないだろうか……と。

私に、もしかしたら「私たち」に、できる「役割」があるのだとしたら、
それは「音楽」なのかもしれません。

私たちは音楽を愛しています。
まず音楽を楽しむために純粋な想いを持ち寄って、今日ここに集っています。

「音楽を楽しむ」その楽しみの中から、ほんの少しだけれど、
誰かの役にたてるかもしれない。

私たちは……楽しみのうちに、愛を実践したい。
私たちは……自らの喜びのうちに、愛を運びたい。
とても謙虚に、魂の声を聞きながら。

今回のチャリティは、そんな想いの第一歩だと考えています。



(c)2006苺企画